今日も、佐渡日和。(三流釣師の絶不調日記)

島生まれ島育ちの管理人の周りで起こる日常を、写真と共に紹介するブログ。

彼岸の入り

という事で、

お供え団子作りました。

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一見うまくいったように見えますが、

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つぶれています。

 

実は、いつもは茹でているのですが、ちょっと手間もかかるので、蒸してみました。しかも圧力鍋で。

失敗ですが、これで我慢していただくことにします。

素人らしさが微笑ましいと言う人が、もしかするといるかもしれませんので。

 

手順としては、

1.米粉約500gをボールに入れる。

2.水を少しずつ加え、こねます。

3.重さをはかり、40個作るので1/40を計算します。

4.一個ずつ重さをはかりながら、クッキングシートなどに並べます。

5.丸めます。

ここからいつもですと、茹でます。

6.お湯を沸かしす。

鍋の大きさにもよるのでしょうが、私の場合行平鍋で10個ずつ入れます。

7.浮かんで来たら出来上がりですので、お玉ですくいざるにあげ、冷まします。(鍋用の穴の開いたお玉みたいのがあったので、それを使用)

8.ピラミッド状に積み上げて完成です。

 

今日は手順6.でピラミッド状して蒸したのです。

つぶれてしまった原因として考えられるのは、

1.最初の団子の生地が柔らかすぎた

2.圧力鍋が失敗のもと

3.圧がかかって10分加圧したのが間違い。5分くらいならどうだろう?

4.そもそも、蒸すのがだめ。

 

今度、機会があったらもう一度蒸してみようと思います。

今度は生地を硬めにし、普通に蒸してみます。

 

ちなみに500gですとこんな感じですが、お店に売ってるのよりも大きい気がしますので、これからはもう少し少な目でやってみます。

 

~今日の釣果~

今日も休みです。

その代わり、樹埼神社方面までウォーキングしてみました。

(ポイント探しも兼ねて)

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チヌの姿はありましたが、小さいです。

 

 

 

大学病院で見た光景

昨夜久しぶりに亡き妻が夢に出てきたのですが、なにしろ夢ですので、ストーリーがめちゃくちゃ。

 

何でも、

友達だか知人だかの誰かに不義理があるので謝りにいかなければならない。

自分は余命いくばくもない状態でフラフラなのに、何を思ったか、突然荒海に飛び込もうとしたり。

それを私が必死になって抱きかかえ止めたりで、大騒動。

「ちょっと待て、おしっこしてくるからちょっと待って」と言ったところで目が覚め、トイレへ。

 

そんなことで、

何かのお告げ?

と言えるほど、神懸るほどの信仰心も無いのですが、考えてみれば亡き妻は今や仏様。

お告げは神様、と冷静に思い返したという次第。

(冷静も何も、お告げ、神、信仰、仏教の関係が入り乱れ、収集が付かない状態?)

 

今から10年位前、妻に大腸癌が見つかり、新潟大学の病院にて手術・治療をうけることになり入院。

 

妻はすでに覚悟を決めていたようですが、気丈にも「必ず治る。必ず治してみせる」と言っておりました。

担当の先生のお言葉は、「もって3か月ですね。治療法としてはこういうなんたらかんたら、の、どうたらこうたらで行きたいと思います」

丁寧に用語の解説も含めて説明していただいたのですが、今となっては思い出すのも不可能です。

 

その入院中の光景です。

 

お昼という事で、食堂に行ったところ、

まあ、いるはいるは。

何がって?

病人だらけ。

あたりまえですね。

 

点滴のチューブ腕に刺して、コートハンガーみたいなのをひきずって歩いてる人や、

青白い顔して、外国映画やドラマに出てくるゾンビみたいな歩き方の人とかで一杯です。

 

でも、よく聞いてみると不思議と会話が明るいんです。

内容は思い出せないんですけど、とにかく悲観的な言葉がほとんどないんです。

 

「私、あと1か月なんだって~」

「あらそうなの?大変ね〜、もうちょっと娑婆で・・・」

みたいな軽い感じの会話なんです。

 

「上から目線」ってよく否定的感じの意味で使われますが、

この人の場合、自分自身を、それこそ頭の上のどこかから客観的にみてるみたいな感じで、もはや達人の域に達した武芸者みたいでした。

 

何かの犯罪の被害者みたいな、

同情されてあたりまえみたいな、

かまってもらってあたりまえみたいな、病いの妻をかかえる、夫。

 

恥ずかしさでいっぱいになったことを覚えています。

 

妻が手術室に向かう時、見送る私に、振り向きながら笑顔で手を振ったあの光景は忘れられません。

 

覚悟を決めると、こんなにも強くなれるんですね、人間って。

ある意味、宮本武蔵にも勝るいさぎよさです。

 

 

おれもそろそろ・・・・。

 

どんな覚悟?

 

そうだな、

でも、

別にどこも痛くないし、魚もそれなりに釣れてるし、酒もうまいし

 

と、一人漫才みたいな事考えてます。

 

~本日の釣果~

今日は休みました。

それはそうと、スミイカのシーズンです。

釣り跡があるかちょっと見回ってみます。

 

~本日の佐渡風景~

久しぶりにウォーキングしました。

このところスッキリしない天候が続いていましたが、今日は晴天が期待できそうです。

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農家の人は今日、大忙しでしょう。

早く新米が食べたいものです。

今日知り合いの農家さんに聞いてみましょう。

去年まで30㎏9,000円でしたが、今年は?

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ウォーキング中、チヌの姿があちこちで。

 

我慢できず・・・・。

 

~本日の釣果~

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チヌ 42cm

ルアー:ジャクソン RA・ポップ

 

今日釣り休むつもりだったので、「セッター」持ってなかったので、封印したはずのポッパー使ってしまいました。

 

スポーツの世界での「いさぎよさ」

日本起源として「道」が付くものがけっこうあります。

体育会系では柔道や剣道、合気道、などがあります。

弓道なんかもありますね。
文科系では華道とか、書道とかがあります。

神道などはどうなんでしょう。


いずれも「道」が付きます。

 

中国の古代思想では「道教」と言うのもあります。「タオ」と発音します。

(現在は、政治的にこのような思想は弾圧対象になるんでしょうか?)


たぶん、価値観の根底に、生き方そのものに対する真理を求める傾向があるのではないかと思います。

 

以前にも述べたことがありますが、

「いさぎよい」という言葉があります。

調べたら、英語では、"manly"とか"sportsmanlike"とか”manfully”などがでてきます。

「男らしい」「未練がましくない」「雄々しい」とかです。

 

でも日本人の感覚では、その言葉の英訳としては「beatiful」としてほしいところです。

 

勝負以前に求められるのが、美しさということなのでしょう。

 

いさぎよさ=美しさ

 

最近のスポーツの世界での次から次へと出てくる、スキャンダルと言うか不祥事というか。

みんな、うすうす知ってたくせに、誰かが言ったから我も我もと善人ぶって、という思いがあります。

何か根本的に間違っているような気がします、今さら騒ぐ方も騒がれる方も。

小学生とか中学生とかならわかりますが大学生が被害者って、理解に苦しみます。

 

今の部活とかスポーツ界は、古来からの武道などが目指す価値観とはちがったもので指導をしているし、周りもそれを容認しているような気がします。

そういうのが嫌で、スポーツから離れていった有能な若い人もたくさんいたに違いありません。

もったいないですね。

 

数々のスポーツなどの場面で感動を呼ぶ共通項として、

卓越した技能や体力に加え、正々堂々とした試合態度、いかなる状態でも全力を出し尽くす強靭な意思や忍耐、相手を敬い尊敬する美しいふるまいなどで、決して勝敗そのものではないと思います。

そういえば日本は、つい最近までドーピングが無かった国ですよね。

 

わたしなんぞ、かつての札幌オリンピックでのフィギュアスケートの優勝者は知りませんが、ジャネット・リンさんは覚えています。

この前のラグビー・ワールドカップでの日本選手の活躍。

最近では、冬期ソウルオリンピックでの浅田真央さんの演技など。

 

そういえば、先日、テニスでもなにやらそんなことがあったと聞きましたが?

もしかして反面教師として?

 

そんなもんじゃないんですか?

 

目指すは、そんな名勝負が出来る選手を育てることではないしょうか。

言い換えれば、

そのスポーツを通して身に付けるべきは、勝つことではなく自分自身の生き方なのだと思います。

 

高校野球は興味を失ってしまい久しく見ていませんが、いまだに「巨人の星」状態なんでしょうか?

プロ野球選手養成予備校みたいな感じで、星一徹みたいな指導者がいたりして。

そこまでいかなくても、甲子園に出るためや優勝するために、全国から優秀な選手をかきあつめたりとか。

 

 

そういえば、なんでNHKはテレビとラジオで全試合放送するんでしょう。

これ、完全に偏ってます。

 

私、NHKとは縁切ってますので関係ないっちゃあ関係ないけど。

 

~今日の釣果~

なんとなく気が向かないので休みました。

それに、チヌ少々飽きてきました。

冷凍庫に切り身とかアラ、けっこうありますので。

 

それにしても、

ポッパーの威力があまりにもすごいので、ちょっと封印しようかと思ってます。

珍しいルアーをオークションで手に入れましたので、今度使ってみたいと思います。

ナダというメーカーの「セッター」と言うルアーです。

後ろにプロペラが付いています。

DREAMS COME TRUE  久しぶりの良型

昨日、サイズがどうたらこうたらブツブツ文句垂れたところ、

諦めて帰ろうとした最後のポイントで

youtu.be

お見苦しい点がありましたこと、お詫びします

 

メインの竿は、リーダーがすっぽ抜けたため予備の竿です。

幸いルアーは回収できました。

 

~本日の釣果~

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チヌ 45cm

ルアーはやっぱりタカミヤでした。

 

今日は「湯引き」にしてみました。

三枚におろした半身の皮に、細かく包丁を入れ、さっと熱湯をかける。

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すぐに氷水に入れる

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取り出したらキッチンペーパーで水けをとって出来上がり。

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私はこのままラップに包み、冷蔵庫で保管し晩酌でいただきます。

 

それと、思いついたように赤飯の用意しましたので、夕ご飯が楽しみです。

Made in Japan

「T・B・M」という言葉があります。
「ツール・ボックス・ミーティング」の事ですね。

 

始まりはアメリカの建設現場で始まったらしいです。

 

職長さんを中心に、仕事を始める前に行うミーティングの事です。

その日の仕事の内容や連絡事項、注意事項などを指示したり確認したりします。

 

日本でも、主に建設現場や製造現場などでは、KY活動や体操なんかも交えて一般的になっているようです。

KYとは?

別の事例思い出す人の方が多いかもしれませんが、

危険予知の略です。

 

個人のスキルよりも全体のチームワークで仕事にあたろうという発想で、合理主義と言われるゆえんです。

 

逆に日本では伝統的に、個人の技量が重視されてきたようです。

弟子の育て方一つをみても、まず雑用から始まり、仕事の流れを体で覚えさせ、それから徐々に・・・・・という感じで。

仕事は教わるものではない、他人の仕事を見て盗め、みたいな事も言われてましたし、現場でも、親方の顔色見ながら、という感じだったんではないでしょうか。

 

その根底にあるのは、常に完成度の高いものが要求されてきたからでしょう。

職人芸と言う言葉がありますが、一流の職人の作ったものはもはや芸術品である、という意味です。

 

一方、個々の製品に多少ムラがあるのは仕方ない。

そのムラを少なくする為に、工程を見直すことにより対処したのがアメリカでした。

つまり、一人が一つの作業に専念し習熟すれば、ミスは少なくなるというわけです。

一つの製品を作るのに、作業工程毎にそれぞれに人を配置したのです。

それによって、大量の製品を作ることも可能になり、価格も安く出来、利益も上がるというわけです。

 

また消費者も、ある製品を末永く使うというよりも、次から次へと新しいものを使った方が楽しいと思うのでしょう。

フラストレーションから、皿を割ったり物にあたるシーンはけっこう外国の映画で見ますし。

全てが過去の統治観念や因習から解き放された、自由な発想が許された国ならではです。

 

機械がなかった時代、それぞれの工程に人を配置する事と、大量の生産力が要求される時代。

もしかしたら「奴隷制度」と関係があるのでは?と考えてしまいます。

 

このことは日本人の感覚としては、とんでもないという事でしょう。

物造りとは、初めから終わりまで職人と呼ばれる人が責任をもって行う、というのが当然とみられていたと思います。

職人と呼ばれる人達も、自分の仕事に自信と誇りを持っていたのでしょう。

それゆえあらゆる職業について、職人と発注者、消費者との間には絶対の信頼関係があったと思います。

 

たぶんそういう事で、つい最近まで日本の製品は、品質においで絶大な信頼と賞賛を世界中で受けてきたのでしょうし、

現在のような国際的に重要な地位を築くことができたのだ、と思います。

 

ところが、バブルの時代で様相は一変してしましました。

日本中が儲けに狂奔し、過剰な設備投資までして増産に次ぐ増産。

その結果はご存知の通りです。

 

その時、(日本がバブルに浮かれているとき)ヨーロッパの老舗と言われるメーカーはどうしたかというと、「景気は常に波がある。いい時もあるが悪い時もある」「経営者の役目は会社と社員を守ること」として冷静に対処し、倒産を免れたと聞きました。

つまり、「今良ければいいという会社は、今しか良くない」という事を長年の経験で理解していたのでしょう。

同様に、日本でも生き残った会社はおそらくそういう会社だったんでしょう。

 

最近よく聞きます。

日本の製造現場での不祥事。

ちょっと多すぎます。

原因は?

日本人の職人というか、作業員、経営者などの全てのモラルが低下したからと言えば簡単ですが、本当でしょうか。

 

ではなぜモラルが低下したか?

 

戦争に負けたから?

戦後の教育が?

 

いろいろありそうですが、

私は、情報量の飛躍的増大と経済のグローバル化が原因と思います。

 

多少の国民性の違いはあるとは思いますが、それほど人間の根本的なところは大差ないと思っています。

 

昔はそれぞれの国が閉鎖的な人間関係の中で暮らしてきたわけで、その地方の地形や気候など特有の条件の中でそれぞれの価値観がはぐくまれていたように思います。

 

ところが、世界中の出来事が一瞬にして広まってしまうという事になると、価値観の均一化が求められ、実際そのようになってしまったのでは、と思います。

 

また日本は輸出で成り立っている国ですので、相手のニーズに合わせて製品を作らなければなりません。

日本では高度の品質が要求されるものでも、輸出となるとそうはいきません。

現地の要求は過剰な品質は求めていない、低価格でそれなりの品質の製品が要求されるわけです。

いくら現場の職人が名人芸を見せようと、経営者はそれに対する対価を払わないとなれば、おのずと職人と呼ばれる人たちは滅んでしまします。

 

日本人のモラルが低下したというよりも、世界標準になっただけ、というのが真相では?

 

価値観のエントロピー増大?

 

数冊の経済関係の本読んだ末で、自分なりにまとめた文です。

 

ただ、「私は」という以降は個人的に思うところです。